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イワモト ヴァイオリン教室のブログへようこそ。
イワモト ヴァイオリン教室では
「正しい音程」 (正確な音程)
「本格的な音色」(美しい音)でヴァイオリンを弾くための
基礎的な演奏技術を大切に指導し
一音いちおん丁寧に
各人の進捗に合わせた課題をレッスンしています。
このブログのタイトルで
『桜を愛でるかの如くに
ヴァイオリンを正しい音程の美しい音で朗々と響かせられない人達』と掲げると
「桜を愛でる人達というのは、ヴァイオリンを正しい音程で弾けないのか?」
「桜を愛でる人達というのは、ヴァイオリンを美しい音では弾けないのか?」
「桜を愛でるのは素敵なことで、そんな人達が正しい音程で弾けないのか?」
そもそも
日本人が何故桜を愛するのか…ということについて、ひねくれものの私は、
日本各地に見られるソメイヨシノの多くはクローンで同一条件で開花するため
何本も植えられている桜が大量に一斉に開花している様子に喜ぶ日本人の姿に
日本人が桜を愛する理由は、多くの訪日観光客がインタビューで答えているような
「桜は一斉に咲き誇り、そしてわずかな期間で一斉に散っていく」
「そこに“はかなさ”を見出す…それこそが日本人の美意識」といった観点が
原点なのだと思います。
そうした“はかなさ”を見出すような価値観や美的感覚を有しているような人達が
そうした“はかなさ”をヴァイオリンの練習や習得に際しても暗黙の前提とするためか
そうした人達に限って、ヴァイオリンを正しい音程の美しい音で朗々と響かせること
『桜を愛でるかの如くに
ヴァイオリンを正しい音程の美しい音で朗々と響かせられない人達』
と掲げました。
つまり
桜はやがて桜吹雪となって散る…というよりも散り急ぐように私には思え
そうした“はかなさ”には、美しさとともに、一抹の寂しさも感じますが
さらには“はかなさを愛でる”=“不安定を愛でる”かの如くに捉えてしまい
確かゲーテの作品のなかの言葉…だったと思うのですが(違うかもしれませんが)
「悲歌」は悲しい歌であり、本来はあまり歌いたくもなければ聴きたくもない筈が
「悲歌を歌い続けると、やがて悲歌を歌うことが喜びになる」かのように
ヴァイオリンは演奏するのが不安定で難しい…と捉えていた筈がやがて
ヴァイオリンは演奏するのが不安定で難しいから好き…ですとか、さらには
ヴァイオリンの演奏における不安定で難しいことは何かといえば、それはすなわち
ヴァイオリンを正しい音程の美しい音で朗々と響かせることであり
その目標に対していつまでも不安定で難しいのが当然…であるかの如くに捉えたり
と書くと
自分には才能が無いから…
自分は練習時間が足りないから…
という[認識]により
だから、頑張ってレッスンに通っている!
という[主張]に至ってしまうことは
ヴァイオリン本来の奏法を知るものとして、とても残念な気持ちにさせられる
とともに、散り急ぐ桜を見る時以上に、胸が締め付けられる思いがします。
たしかに
・なぜか、半音の違いが、聞き分けられず、弾きわけられない
・なぜか、ある日突然に、二分音符と四分音符の単純な三拍子がわからなくなる
といったケースに遭遇したこともあり、私も手を尽くし、本人も懸命に復習っても
一向に改善しないような場合は、残念ながら才能が無いという[認識]にならざる
けれども
そこまで極端な例は珍しいとしても、
私のサイトの音大生 演奏者 指導者の方へのレッスンのページに該当するような
音大生・音大既卒者・プロの演奏者・指導者の方々であっても、ヴァイオリン演奏に
おける最も大切なことが学べていないために、バイオリンの習得に無駄な努力をして
いることがあります。
そして
それが何かといえば、それこそがこのブログで書いている
『ヴァイオリンの「弦の寿命」と「正しい音程」“線香花火音感”の正体』
である
ヴァイオリンは正しい音程の[壺]で奏でると、美しい音が朗々と響く』
ということが学べていないのです。
確かに
ヴァイオリンは正しい音程の[壺]で奏でると、美しい音が朗々と響く
その[壺]の習得は、一朝一夕で習得できるものではない点では難しく
更に[壺]がわかるようになったとしても、今度はその演奏しているフレーズで
その[壺]というものの存在を知らず習わずわからないままに演奏していては
それではいつまでもヴァイオリンの演奏は不安定なままですし、そして何より
自分には才能が無いから…
自分は練習時間が足りないから…
という[認識]を持ってしまうことは、非常に勿体なく残念なことであり
だから、頑張ってレッスンに通っている!
という[主張]もまた、それが努力ではなく徒労だと気がつかないまま
頑張ってしまっているように思え、だからこそ私はヴァイオリン習得の
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カテゴリ: ヴァイオリン上達の指標